2005年07月16日

魅惑のレフティ? FKなら蹴るのも止めるのも西川周作!


「選手権とか興味なくって、プロに近い方を選びました」

中学時代からU-14代表(ナショナルトレセンメンバー)に選出されていたシュウ@西川周作は、
国見のスカウトを断り、皇甫官に惚れて(?)大分ユースを選びます。
ファンボが物凄く熱心に口説き落としたという説もあります…。

U-18時代には『和製チラベルト』との異名を取りました。

大分ユース時代、公式戦で計11本のFKを放ち、なんと7本も決めています!
残りの4本は枠外で、カウンターを浴びたことはないのだそう。
キックだけではなく、太めのわりに動きが俊敏だと絶賛(?)されていました。
(当時は80kg…今もそんなに変わらないけど。今は79kg)

2004年1月、高校2年生にしてトップ昇格を果たします。
U-18の監督だったファンボが、トップチームのヘッド・コーチに就任したため、
どうしてもシュウを側に置きたがったからだという説もあります…。

U-18日本代表には当然のように選出されましたが、
ワールドユース・アジア予選では正GKを争って、ケンヤ@松井謙弥(ジュビロ磐田)と死闘を繰り広げました。
ケンヤ・シュウ、ケンヤ・シュウ・シュウ、シュウ・シュウ・ケンヤってな感じ。(わかりにくい?)
通算すれば、8試合中、5戦がシュウで3戦がケンヤ。
数字だけなら勝っているけど、
初戦や最後のワールドユース出場を決定付けるシリア戦など、大事な試合はケンヤだったりするため、
どちらが正GKかはまだ微妙といえました。

2004年12月大分入団が決定。

2005年1月、カタール国際では5試合中4試合に先発出場しました。
この辺りで正GKの座を掴んだようです。

ワールドユースでチームを抜ける直前の試合、
2005年5月21日ナビスコカップ、対柏戦でプロデビューを果たし、1-0で初勝利も飾りました。

ワールドユースでは4試合すべてにフル出場!

そして帰国後の中断明けの試合である7月2日の対横浜戦でリーグ戦デビュー。
FKも蹴っちゃいました♪
その後ずっとスタメンに名を連ねる…が、リーグ戦での初勝利はまだお預け(4戦無得点の大分です…)。

明日辺り、初勝利かな…と思われる、シュウ@西川周作のコメントをお楽しみくださ〜い!!!

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小学校の正月大会でPKを止めて、みんなから褒められた。ヒーローになるのが楽しかった
小学4年生の時、身体が大きかったことで「たまたま」GKになったそうです。で、それ以来ずっとGKなんだけど、その前はフィールドプレーヤーだったのだ。

砲丸投げとか、たぶんサッカーに活きてます
駅川中学校では陸上部を選択。サッカーは宇佐ジュニアユースクラブでやってました。

あの人がいなかったら、代表にいないかもしれないし、トップチームに上がっていないかもしれない
大分ユースで皇甫官監督と運命的な(?)出会いをしました♪ 監督がファンボじゃなかったら、プロデビューもスタメン定着もまだだったかもしれませんね。

オカさんがね、いろいろ教えてくれるんですよ。
チームの時のコーチングと代表の時のコーチングの違いとか

大分のベテランGK、岡中勇人@36歳から色々教わってま〜す!

あとはご飯のあとにはヨーグルトを食べろとか
これも岡中@36歳からの教えです。…さすがにベテランは細かいですね〜! シュウは守ってるのかな?

最初、足が震えてたりしたが、10分過ぎたあたりから落ち着いた
プロデビューとなったナビスコ柏戦後のコメント。

サポーターは、選手にとって一番の存在
そのアウェイでの柏戦で少数とはいえ大分サポーターが声援を送ってくれていたことに対して。

やっぱりキックが自分の一番の武器なので
U-20のミーティングで、クマ@大熊監督に「西川はいいボールを蹴れるから」って言って貰えて大喜び♪

やってはいけないイージーミスだった。しばらく頭が真っ白になった
グループリーグ突破を決める大事なオーストラリア戦で、ファンブルから失点しちゃいました…。

前田にも、みんなにも感謝したい。助けられました
失点から12分後、マエシュン@前田俊介のゴールで同点に追い付き、無事グループリーグ突破を果たしました〜! あのまま負けてたら…と思うとマエシュンには頭が上がりませんね…。

複雑な誕生日になっちゃいました
オーストラリア戦のあった6月18日、シュウは19歳の誕生日を迎えたのでした…。どんな偉大なGKもみんなポカを経験して大きくなってるんです!

自分のサッカー人生の中で最も貴重な体験だった
ワールドユース2005オランダを振り返って。

スリッピーだったので、低いボールを蹴れば取れないと思ったが浮いてしまいました。抑えが効きませんでした。
あれは監督からの指示で行きました。ちょっと遠かったですね

7月2日の横浜戦、リーグ戦初デビューでFKを蹴りました!

僕はサバがあればご飯を何杯でもおかわりできます
シュウのお父さん(次洋さん)はフグ職人! 西川家の食卓は魚が多かったらしい♪ さすがにフグは食卓には出ないのかな…?

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「彼は、大分の、そして日本の宝です。
技術も優れているし、サッカー以外の時間の過ごし方もアスリートそのもの」

ファンボ@皇甫官のコメントは愛情一杯!

「あの性格の良さは、何と言えばいいのか。育ててくれたご両親に敬意を表するしかない」
U-18時代のコーチだった村田一弘さん(現U-18監督)のシュウ評でっすぅ。

2005年07月09日

ビッグマウスで憂さ晴らし!〜本田圭佑〜

どんよりとした天気が続いて鬱陶しいでっすぅ〜。
暑くなったり急に冷えたり、食べ物も腐りやすいし、体の調子を崩しやすい時期でありまっすぅ。
間違っても生ガキなどには手を出されないようご注意ください…。

さてこんな時は、やっぱり晴れやかな気分になれるよう、気持ちのいいコメントを聞きたいものです!
というわけで、ビッグマウス@本田圭佑のコメントで憂さ晴らしだ〜!

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緊張は全然なかった。高校でやってる方が緊張しますね。またプレーしたいと思いました。
2004年7月24日のナビスコ磐田戦でプロデビュー! まだ高校生でしたね。

ボールを落ち着かせて、ゴール前で仕事ができることが自分の持ち味だから。
プロ入り後、チームでアピールしたいことを聞かれて。プレーのことを「仕事」という言い方をする本田クン。プロ意識の強さを感じまっすぅ。

給料が上がるのはうれしい。でもそういう問題じゃない。
一番の目標は別。結局はサッカーをうまくなりたい。

A契約に必要な450時間を超過したことについて。金は問題じゃない…一度は言ってみたい台詞でっすぅ。

誰も見えていないところを見えるようになりたい。
聞かれなくても「こうなりたい」という発言が多いホンダ君。向上心が強いでっすぅ。

課題だらけです。一日一日、自分を成長させていきたいですね。
KANKANも見習わなきゃでっすぅ…。

もっと落ち着けるようになりたい。
…これ以上ですか? あ、ゴール前でね。

積極的に上がると、今度は戻ることが要求される。
いいところを出せば、その裏に悪いところが出てくるものなので。

哲学的なコメントが多いホンダ君。将来は監督なんていかがでっすぅ?

常に中心になりたいんです。誰かに甘えたりしたくはないので。
キャーーーーーーーー! 世界のホンダ@ビッグマウスらしいコメント!

甘えてしまうと自分の能力が衰えてしまいそうなんで…。
根は意外とマジメなんでっすぅ。

中学時代はホント最低でした。
たとえば干されたあとに、ふて腐れるとか、練習をやる気なさそうにやったりとか。
そういう風に気持ちを下げるっていうのは、自分のためにひとつもならないってことを学びました。

ガンバユースに昇格できなかったことを振り返って。つまり、昇格できなかった原因は素行不良ってことなのかな〜? オランダの7番クインシーと同じだ…。大物にはよくあるケースってことで。

でも、あの時があったから高校ではプロ入りという目標も明確になったし、
物事を整理して考えるようになったのかもしれないですね。

考える時間も大事だと。オトナなコメントでっすぅ。

いやー、やんちゃだったんですね、僕は。
どんな子供だったの?と聞かれて。

小学校5年生の時にね、大阪トレセン(選抜)の第3次選考会の直前くらいにね、
高いところから飛び下りて、骨折してボルト入れました。

やんちゃの具体例でっすぅ…。

でもね、あれがあるから今があるんです。
もう悪いことはしないです。

はい、しないでね…。

目立ちたい性格ですから。
いいコトで目立ってね…。

ワールドカップに出場することです。で、優勝できるように。
将来の目標を聞かれて。やっぱり、これですよね♪

***************下はホンダとは関係ないでっすぅ***************

moretwins.jpg コンコースは昼寝できるくらい平和であってほしいでっすぅ。
スタジアムは物を投げるところではありまっせ〜ん! 当たり前!

2005年06月24日

水野晃樹の半生は、山あり谷あり…ソウタあり???

◆コウキ@12/MF/水野晃樹

水野晃樹は日本のサッカー処として知られる、
静岡県清水市(現在の静岡市)に生まれました。
小学校時代は彼の有名な静岡FCに所属(カイト@18山本海人と一緒♪)、
当然のように、高校は清水商業に入学します。

しかしながら、静岡の県予選は比類なき激戦区。
コウキがいた3年間で、全国大会に出場できたのはたったの1回
2年生の時の高校総体だけでした…。
(その時の清商が弱かったのではなく、
小野伸二がいた時でさえ、選手権には3年間で1度も出られていないのです)

ちなみにこの時のキャプテンは、
ワールドユース2003UAE大会にも出場していた菊地直哉。
コウキより一つ年上の3年生でした。

1回戦はシードだった清商。
コウキは続く2回戦(対国士館)、3回戦(対玉野光南)、
そして準々決勝(対渋谷教育幕張)と、
3戦すべての試合でゴールを決めたのです!

準決勝の相手は国見。
この時の国見は、コウキと同じ2年生に、
ソウタ@平山相太、ヒョウドウ@兵藤慎剛、ホクト@中村北斗の3人を擁していました。

2-1でリードしていた前半終了間際、
清商はキャプテン菊地が2枚目のイエローで退場…。
その後4点を奪われて、2-5で敗退となりました。

国見の5点のうち、2点をソウタ、1点をヒョウドウに決められたのです。
それまですべての試合で点を決めていたコウキは、
その試合では点に絡めませんでした…。

3年生時には小野伸二の8番を受け継ぐコウキですが、
総体、高円宮杯、選手権ともに県予選で敗れました。
Jリーグからのオファーが来ないのも、代表に選ばれないのも、
至極当然なのかもしれません…。
大学進学を志したコウキです。

その頃、日本中から大注目を浴びていたソウタ@平山相太。
彼が選んだ進路は筑波大学でした。
人々は「なぜプロに行かないんだ?!」と疑問を呈していました。

しかし、コウキはその筑波大学の受験(推薦)に失敗したのです…。
めげずに中京大学を狙うことに。
が、受験の前にジェフから「来ないか」と誘われるのです!
彼はそれまで、ジェフの練習に参加したことすらなかったのに…。

2004年、ジェフ入団。
173cm、58kgと身体がまだ出来ていないと思われがちなコウキは
なかなか出場機会に恵まれせん。
非公式なトップデビューは2004年7月のレアル・マドリード戦での3分間…。

本当のトップ・デビューは、2004年10月17日の2nd stage 清水エスパルス戦。
後半37分からの、たった10分間のデビューでした…。

コウキは次の試合でも交代出場を果たします。
その次の試合からは、なんとスターティング・メンバーとなるのです!

Jリーグでの活躍が光るコウキに、熊が目を付けないわけはありません。
12月、彼はU-20代表合宿メンバーに選ばれます。
彼が代表に呼ばれたのは、もちろん、この時が初めてでした。

ジェフのスカウティングの素晴らしさ、
体重58kgのコウキをスタメンに選ぶオシムの英断を称えるとともに、
ビッグマウスというよりはちょっとブラック(?)な、
彼のコメントをお楽しみくださ〜い!!!

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左足でした。練習通り
清商時代の唯一の全国大会(H14高校総体)2回戦でゴールを決めた時のコメント。
彼の利き足は右足ですけどね…。

前半からいかないと。明日も決めます
その総体の準決勝、国見戦前のコメント。
3試合連続ゴールのコウキに期待が集まりました…。

僕はですね、(平山)相太と合わないんですよ

僕は僕で『お前が入るのが遅い』って言うし、
相太は相太で『もっといいボールちょうだい』って言ってる


あのデカいの…

えええっと、ソウタに対するコメントや呼び方でございます。
「もちろん冗談です(笑)」なんて言葉が後に続いたり続かなかったり…。
ええ、きっと冗談でしょう…多分(汗)。
ただ、彼の半生を考えれば、ソウタにだけはキビシイ彼のコメントも分かるよう…な?
(ソウタには何の落ち度もないんですけどね…)

いや、あんなの初めてですよ
オランダ戦のソウタのゴールへの、アシストに対するコメント。
えっと、4月の代表キャンプのジェフ戦でも、ソウタに2アシストしてましたけど…。

自分がもしキッカーだったら蹴るところに走り込んだらピタリと合った。
(キッカーの前田と)気持ちが合ったという感じ。

2005年5月24日の壮行試合チリ戦での得点について聞かれて。
マエシュンとは相性がいいそうです。…ソウタに対する皮肉じゃないよね

同じようにはなりたくない
遠縁に当たる鈴木啓太クンが、アテネ五輪直前でまさかの代表落ちしたことについて。
コウキはブラッキーな人ですから…ね? マジメに受け取っちゃダ〜メ!

「どうせワールドユースのメンバーになんて入らないからいいや」って(笑)
熊代表に招集された時の気持ちを聞かれて…。
ああ、もうKANKAN、どうフォローしたらいいのかわからない…(泣)
ダメモトで頑張った! ってことだよね?!

なんですかねえ、やっぱり運ですよ。
「今こうしてワールドユースのピッチに立てていることを、どう受け止めています?」と聞かれて。
いえいえ、それは実力でっすぅ。意外と謙虚なんですね。

サッカーしている時は、ちゃんと入れていないとすっきりしないし、落ち着かないんです
(マエシュンを筆頭に?)皆がシャツを出してることが多いのに対し、
コウキはしっかり入れ直すことについて。意外と几帳面なんですね。

(伊野波とは)心拍数の合う人同士で走っていたので、たまたまです。
ただ同じ年代同士なんで、ライバル意識はすごいあります。
走りはジェフでもしっかりやっていますからね。負ける気はしないです。

U-20合宿の持久力トレーニングで、イノハ@伊野波雅彦と並んでトップだったことについて。えっとえっと、たくさんの取材記事に「イノハとコウキの持久力が凄い!」と書かれてるんですけど…負けず嫌いなんですよね?

出場するからには全部勝ちます! 代表の戦術に合わせて自分の良さを出したい
オランダ戦直前のコメントです。

***************おまけ***************

中盤はもっとタイトに行かないとダメだ
オランダ戦後にジェフの坂本將貴大先輩に電話したところ、
一緒に居た阿部勇樹キャプテンから頂いたお言葉。
U-20の皆にも伝えたそうです。

キャプテンとしてチーム、そして僕のことを考えて、
いろいろためになることを言ってくれています

いつも厳しい阿部勇樹キャプテンに対してはこんなコメントも。
ちょっと安心するKANKANでっすぅ。

勝つ気があるなら考えろ。水野、やる気がないなら帰れ!
高校総体準々決勝のハーフタイムに、大滝監督から言われたコトバ。
それに対して「怒られた自分が情けなかった」と思ったそう。
そして後半1分にゴールを決めました!

***************おまけ2***************

デビュー戦が地元の試合で、しかも勝つことができてうれしい。
1対1になったら、縦にいってセンタリングを上げるように指示されていたけど、
時間がなかったしガムシャラにやっただけ。
1本はチャンスにつながったけど、もっと練習からアピールして次の出場を目指します

2004年10月17日デビュー戦後のコメント。
ようやく素直なコメントを見つけて一安心…。

2005年06月21日

瞬間を切り取りそこねて…今度は動画!

ベナン戦とオーストラリア戦、海外サイトで写真を探したんですが、
ない。ない。ないーーー!!
一応、世界中にお伺いをたてたんですが、みんなコンフェデに気を取られてる模様。

ということで、日本のサイトのリンク、貼ります。
「スポニチ・アネックス」で、どうぞ〜。
ラン☆カンは『後半、前田の同点ゴールを喜ぶ大熊監督』というのがお気に入りでっすぅ。

しかたないので今回は、熊代表のイケメン3人衆(微笑)の
「新人研修の時のコメント」を動画でごらんくださいませ。
あ、再生にはWindows Media Playerが必要です。

人気&注目度急上昇中!家長明博
http://j-leaguers.net/mov/voicenew2005/2005/ch047.html
祈・ビッグマウス復活!本田圭佑
http://j-leaguers.net/mov/voicenew2005/2005/ch046.html
よくも悪くもマイペース。俺様ドリブラー!前田俊介
http://j-leaguers.net/mov/voicenew2005/2005/ch060.html

マエシュン、感動の同点弾への布石。
「おもちゃの右足」での初ゴールは、5月14日・大宮対広島の決勝弾!!
http://www.jsgoal.jp/movie/goal/asx/0158-1.asx

広島の小野監督に「お前の左足はみんな警戒してるんだから、
裏をかいて右足でも蹴れるように練習しろ。」
と言われて、本当に「モノ」にしちゃったマエシュン。
172センチという身長のせいか…ゴールのあと、頭をぱふぱふなでられがちですな(笑)

ラン☆カン

2005年06月18日

柳楽智和…涙の(?)半生

◆ナギ@16/DF/柳楽智和

島根県出身のナギ…。
もうそれだけでホロリとくるKANKANです。

サッカーで島根といえば、47都道府県中47位と言われる発展途上な県…ですよね?(島根の皆さんゴメンナサイ)

立正大淞南高校で1年時からセンターバックとして活躍するナギは、
3年連続での高校選手権・出場に貢献します。
3年生だった第82回大会では、1回戦で藤枝東と当たります……。

そしてその試合、なんと2-1で勝利!
島根対静岡、47位と1位の対決で、勝っちゃったんですよ!!!
(アトランタ五輪でブラジルに勝った日本のような感じかな?)
立正大淞南高校は6度目の挑戦で初の、島根県としても15年ぶりの1回戦突破でした…(涙)。

さらに2回戦も勝ち上がり、3回戦で滝川第二(兵庫県)に惜しくも破れましたが、
ベスト16となっちゃうんです。島根が…。
ナギはその大会の優秀選手となり、全日本高校選抜にも選出されました。

日本代表歴としては、3年生の時からU-18にも選出されてはいましたが、
もし島根の高校生でなければもっと早く代表のユニホームを着ていただろう、と言われました。
そしてアビスパ福岡に入団します。(公式戦出場は未だ…ない? 松田さ〜ん!)

2005年5月28日、ワールドユース代表の新潟合宿。
それまでずっと選ばれていましたが、最後の選考でナギは落選。
…したはずが、一誠の急性肝炎による辞退のために、代表復帰!
(一誠……のことは、ここでは置いておきます。くすん)

みんなより1日遅れて、オランダの地へ渡ります。
そんなナギのコメントを集めてみました!

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これまで自分にサッカーを教えてくれた指導者の方々に感謝し、
アビスパ福岡のJ1昇格と優勝に貢献できるよう精一杯努力したい

アビ入団時のコメントです。まとなこと言ってますね(笑)

チーム内の競争は必ず勝つ
レギュラー獲得に向けての執着心は誰よりも強いんだって!

世界ってこんなんやんなぁ
ブラジル遠征の感想。得意の対人プレーがさらに磨かれたって!

本当に最低でしたね、動きがかなり重くて。全然駄目だった。休み明けで……。大熊さんにも怒られました
1月のカタール遠征の感想。行く前は頑張るって言ってたのにね…。

今迄の自分の成果を全て出して、メンバーに選ばれるようにがんばってきます
2005年5月の新潟合宿に選出された時のコメント。自信満々だったのだ…。

(ワールドユースに)出られなかったらショックどころの騒ぎじゃないですよ
選考前のコメントです…。

こんにちは、はじめまして柳楽です。目標は一つにしぼられたので、それ向けて頑張ります。応援よろしくお願いします
落選後、『アビスパPLAYERS ロッカールーム』(アビ選手によるブログ)に書き込まれたコメントです。初めての書き込みがだったのに…。

選ばれて大変うれしいです。試合に出場して、自分のもてる力を発揮してがんばってきたいと思います
追加召集時のコメント! ホントに出場できると誰か思ってた…?

一度は選考に漏れたので、(追加招集の)電話があり驚いた。
選ばれたからには頑張り、自分の持ち味の積極的なディフェンスが、どれだけ世界で通じるか試してみたい。
島根の代表としてもしっかりプレーしたい

もひとつ、追加召集時のコメント! こちらは島根の皆さんへ向けたお言葉。

何が何だか分からないまま来ました。うれしかったけど
オランダ到着後のコメントです。素直なコメント、いいですね〜。

***************おまけ***************

「ディフェンスに高さと強さが欲しかった。まあ、あいつはポカもあるけど(笑)、やってくれるんじゃないかな」
追加召集に対する熊のコメントです…。

凡ミスっすかね。本当に集中してるいい試合でも、1本やっちゃうんですよ
現在の課題。熊の言うポカは、本人も重々承知。それにしても1試合に1本って…。

「初めて見たときからプロになるだろうという予感はありました」
3年間ナギを指導した、立正大淞南高校の南監督のコメントです。ナギ・オーラを感じたのですね(笑)

2005年06月17日

近い将来、誰もがイノハの名を知るようになる!…と思う。

◆イノハ@6/MF/伊野波雅彦

第82回高校選手権準々決勝、鹿実VS市船――。

鹿実の3年生、伊野波雅彦くんはボランチとして出場します。
カレンとマスを擁する市船を破りますが、累積警告となってしまい、
準決勝(筑陽学園戦)はスタンド観戦を余儀なくされてしまいました。
「同点になったときはいけると思ったが…」
この年、鹿実はベスト4どまりとなり、彼はその後阪南大学(流通学部・流通学科)へと進みます。

1年生からレギュラーで右サイドバックとして活躍し、関西学生新人賞を受賞。
2005年3月に行われた大学選抜のトルコ遠征メンバーとなり、
この辺りでクマに目を付けられたのかもしれません…。
そして4月、2005ワールドユース・メンバーに選出されました。

熊ユースでは連携不足もあるから出場は微妙。
でも、これから注目されること間違いなしのイノハ。
今はまだ数少ない、彼のコメントです!

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失うものは何もないんで
熊ユース合宿に参加した時のコメント。最後に召集されたにも関わらず、見事メンバーに残りました。

楽しかったっす!
合宿の持久力トレーニング後のコメント。イノハと水野の持久力はダントツだとか!

走り回って、自分がボールを取れなくても、だれかに取らせるようにしようと思った
チリ戦(ワールドユース壮行試合チリ戦2005/05/24。1-1)後のコメント。バランスを取れる選手だと言われています。

自分はずっとディフェンシブな選手。ディフェンスが持ち味。来た相手を潰すのが僕の仕事。……前回の今野さんのように
自分の特徴を聞かれて。ピッチに立つ姿は、若かりし頃の(?)稲本潤一を彷彿とさせます。タイプ的にイナ・今ちゃん系列のようですね。

絶対プロに行って、国立のピッチに立つ
鹿実3年生の高校選手権、累積警告により出られなかった準決勝筑陽学園戦後のコメント。
いまではJリーグの6、7クラブからオファーが来ているとか!

2005年06月15日

水本裕貴@オシム班

出身は三重県度会郡にある御薗村。
人口9000人の小さな村では「何のスポーツでもいいから地元の少年団に入らなくてはいけない」という決まりがあり、ミズ・ミズの一人、水本裕貴はサッカーを選びました。
三重高へ進んだ彼は、三重選抜に選ばれてから一気に注目を集め、(オシムに惚れて?)ジェフを選びます。
ワールドユース組の中では比較的地味な彼ですが(失礼!)、
エメルソンやフィーゴなど強い相手と対峙した時のミズヒロはキラキラもの!
そんな彼のビッグマウスなコメントを集めてみました!

『レギュラー定着』、あとは『もっと上手く、もっと強く』
サッカーノートに書いている現在の目標を聞かれて。ノートは高校時代から書いていて、もう13冊目だそう。

自分はどちらかと言えば、人に強いタイプ
自分の特徴を聞かれて。

世界的にすごい選手のマークができる。すごくうれしかった
2004年7月29日のレアル戦でフィーゴをマーク。

周りがどれだけ騒いでも、プレーするのは自分たちだから…
AFCユース選手権(アジアユース)でのプレッシャーについて。

『この青いユニホームを着ること』が当たり前だと感じてはいけない
AFCユース選手権(アジアユース)を振り返って。

「ここまで来て、何やってるんだよ」っていう感じ
ブラジル遠征について。自分自身に対する叱咤です。

味方がやりやすいように、僕らが勇気を持って、ボールを回すということ
守備陣で話し合っていることを聞かれて。アジアユースではすぐに前へ放り込んでばかりだったから…。

(僕は)いちばん上ですよ
監督(熊)が目標をベスト4と言ったことに対して。負けず嫌いだ…。

代表っていうのは色んなものを背負ってるわけですからね、そんなに簡単に負けちゃいけないですよ
代表としての意識の高さは熊組一番!

勝ちますよ。負けたくないっすよ、絶対。絶対、負けたくないっすよ
ワールドユースでの意気込み。…すごいっすよ。

勝ちたいです。とにかく。一つでも多く試合をしたい。そして、自分たちのサッカーをしたい
オランダで何をしたいかと聞かれて。

***************おまけ***************

「水本はいい意味で期待を裏切ってくれた」
初スタメンだった2004年7月24日のナビスコカップ浦和戦でエメルソンを押さえた彼への、オシム監督の台詞。高評価を得たことで出場試合数を増やし、ルーキーイヤーの間にA契約に必要な450時間を超過しちゃいました。すごいっす!

「マークをするならトイレにまでついてけ」
リーグ戦初スタメンは、2004年10月31日のセカンドステージG大阪戦。ハーフタイムでオシムに言われたこの言葉は、ミズヒロにとって印象深いのだそ〜です。そういえば、この頃オシムはジェフの去就を口にしていましたね。

2005年06月14日

スッポンボランチ@中村北斗

国見時代は「スッポンボランチ」という定評があったそうな…。すっぽんかあ(笑)。
'05ワールドユースでは右サイドバックor右アウトサイドを務める、
ホクト@すっぽんのコメントを集めてみました!

納得いくような試合はないッスね。
3得点は決めてますけど、ただ決めてるだけ、みたいな感じ

Jリーグでの手応えについて聞かれて。

足元にもらって1対1で仕掛けるというのはなかったから、そういうところで色々考えたり、楽しいッスね
仕掛けて抜く、というホクトにとっての新しいプレースタイルについて。

代表っていうのは結果を残して選ばれるもので、ただ目指しても入れるものじゃない
福岡の松田監督が、さらに上の世代の日本代表を目指すならサイドバックのほうがいいんじゃないかと言っていたことについて。
何だか松田さんの手に負えないんじゃないかという気がするんですけど……

とうとうここまで自分もきたのか
U-18代表で初めてカテゴリー別の代表に選出されて。

これを改善していかなければ次はないな、と思う
韓国戦(アジアユース準決勝、PK戦で敗れたが、3決でシリアに勝ってワールドユース出場を決めた)での自分のプレーに納得いかず、相当へこんだそう。

本番前に負けておくっていうか厳しい試合をしたほうが、本番につながるっていう感じがする
5/11のU-20カメルーン戦、5/24のU-20チリ戦、壮行試合2試合について聞かれて。ごもっともです。

今回の自分は、前回大会の今野さん(泰幸/当時:札幌)みたいにJ2のチームから参加してるという立場。
この大会がいいアピールになると思う

…やっぱり松田さんの手には負えない???

いつも結果で2人の勝負をしてます(笑)
試合であいつが点を決めたとか、僕がアシストしたとか、結果で勝負してるんです。
カメルーン戦でも(平山選手が1得点で)『俺の勝ち』とか言ってきて。
でも僕のセンタリングをあいつが外してたから「お前のせいやろ」とか言って(笑)

試合後とか、隣にいるのに『俺の勝ち』とかメールが入ってくるんですよ。意味わからん(笑)
平山相太クン@国見仲間について。楽しそうでいいね〜♪

やっぱり相太と兵藤はちょっと注目されてるから、遅れないようにしないと
3人とも国見の同期。高校選手権では、1年時:準優勝、2年時:優勝、3年時:ベスト4でした。

(筋トレを)バリバリやったから筋肉が付いたわけじゃなくて、生まれつき付いてましたから
ホクト母が『生んだ瞬間に筋肉質な子だってわかった』と言ったそうです(笑)

***********おまけ***********

小5の時、長崎選抜で一緒だった兵藤慎剛からのお言葉です。
「ちっさくって、きゅんきゅんドリブルして、ホント身体能力でサッカーしてるヤツでした」
リフティングが10回しか出来ないのに選ばれたと、自慢しておりまっすぅ。

アキとホンダの不思議な関係

2005年6月13日、'05ワールドユース組、本田圭佑クンと家長昭博クンは、ともに19歳の誕生日を迎えました。

ホンダは大阪、アキは京都(生まれは兵庫)出身。
彼らの出会いは12歳、ガンバ大阪Jr.ユースの同期でした。

けれど、アキがユース昇格を果たしたのに対し、ホンダは昇格できませんでした。
(中学卒業時は身体の線が細かったためという説がありますが、アキより小さかったとは思えません…)

その後、アキは2001年6月にU-15代表候補に選出され、
落ちたり復活したりを繰り返しながらも、順調にエリートコースを歩んできたようです。
2003年4月には16歳でトップチームに昇格。
この頃には年代別代表にほぼ定着してきましたが、
アジアU-16選手権・最終予選メンバーには選出されず涙を飲みました。
(日本は一次リーグで敗退し、翌年のU-17世界選手権には出られず)
2003年7月16日のナビスコでデビューと報じられたが見送られ、
2004年6月26日、1stステージ最終節の対アルビレックス新潟戦にてデビュー!
高校生ながらスターティングメンバーに名を連ね、開始9分に初ゴールを決めました。

ホンダはというと、当時帝京にいた兄に勧められ、星陵高校(石川県)に進みます。
1年生時から攻撃的MFとして活躍し、3年連続で高校選手権に出場。
インターハイやプリンスリーグでも活躍し、優秀選手にも数多く選ばれ、ビックマウスにも磨きをかけます。
U-16代表候補にも選出されるも、やはりアジアU-16選手権には出場できませんでした。
2004年3月には名古屋グランパス特別指定選手にも選出。
7月には公式戦にも出場。U-18代表にも選出されます。
そして2004年11月、グランパスと仮契約を結び、念願のプロ入りを果たします。
3年生時の高校選手権では主将として星陵高校を初のベスト4へと導き、
大会ナンバーワン・レフティーと呼ばれました。

仲のいい選手は? と聞かれると、「ガンバの家長」と真っ先に名前を挙げるホンダ君。

アイツが俺のこと好きで、アイツの片思いですね。嘘ですけど(笑)。
同期だけど、尊敬できる。考え方がしっかりしてますし。
昔から知っているので、気を使わなくていい。
表だけじゃなく、裏の感情も分かる。
扱い方も知っていますし。まあ、それはお互い様ですね」

ベナン戦でも、この2人からは目が離せません!!!

家長昭博クンも19歳になりました。(6月13日)

昨年6月、18歳になったばかりの頃、
まだガンバユースに所属しながらJの舞台に登場し、
『初出場、初スタメン、初ゴール』の偉業を果たして『稲本二世』と呼ばれました。
ビッグマウス度は低めの彼ですが(本田が高すぎ?)、良さは見ればわかります!

◆アキ@17/MF/家長昭博

相手チームから、ガンバの攻撃は左サイドを警戒しろって言われる存在になりたい
チームでの目標を聞かれて。

まだ背が伸びるように、って願いながら、毎日、牛乳を飲んでる(笑)
生活面での工夫を聞かれて。でも、173cmはワールドユース組ではそれほどチビじゃないよ。ホクト・マエシュン・兵藤がいるし…。

本田は…中学の時から目標も高くて、中1からずっとサッカーで生きていくみたいに言っていた。
僕? 僕はあまり…冷めていたっていうか普通の子ども。プロになりたいとは思っていたけど、彼ほど熱くはなかった(笑)
本田圭佑クンとは中1からの付き合いです。

僕はどっちかといえばテクニックとかのタイプ
足の速いコケと自分を比較して。

今はまだ自分には見えてこないから
将来の目標を聞かれて。

やっていて、いちばんこだわれるもの、かな。
洋服を選ぶなら「どっちでもいいわ」っていうことが、サッカーでは、どっちでもいいっていうふうにはならない。こういうふうにプレーしたいとか、こうしたいっていうのが強くて、譲れない部分が多いから
家長選手にとって、サッカーとは? と聞かれて。

世界のホンダは19歳になりました

マラドーナは「サッカー界を変えられるのは自分だけ」と言い、
クライフは「サッカーのことなら、隅から隅まで知っている」と言い、
ペレは「世界で一番のFWも、世界で一番のMFも、DFもGKもみんな自分」と言いました。
偉大な選手は、み〜んなビッグマウス!
だから、今日もビッグマウスで行こう!

…てなわけで、2005ワールドユース組、随一のビッグマウス
本田圭佑@世界基準の誕生日(6月13日)を祝い、
彼らの強気なコメントを集めてみました!!!

まずはご本人からどうぞ!

◆ホンダ@14/MF/本田圭佑

直接ゴールを狙える位置でファウルをくれたら、市船は終わりくらいの気持ちでいてほしい
高校選手権・準決勝 vs市立船橋高戦を前に(星陵高校)。結局、PK戦で負けちゃったんだけどね。ちなみに、市船にはカレンとマスがいました。

神様は努力した人を絶対に裏切らない。努力した人にだけ、その運を与えてくれる。俺はそれを信じてるから、こうやってやったんです
Jリーグ初ゴール後のパフォーマンス(両手の人さし指で天を指した)のことを聞かれて。

ワールドユースには俺が行くから、とりあえず勝ってくれ
選出されていなかったAFCユース選手権のことを聞かれて。

『努力をする能力』だけは、僕は人より秀でてるんだと思ってる
自分の能力(特徴)を聞かれて。

簡単なミスをして自分らしくなかった。それを僕がしてたらいけない。
(皆は)最後までふんばって守れていた、僕のミスからの失点だけ

チリ戦(ワールドユース壮行試合2005/05/24)後のコメント。自信のある人ほど、自分の過失を明確にするんだよね。

コントロールできますね。ゲームを
ケガから復帰後、チームに何をもたらすことができるかと聞かれて。

任せてもらっても、もらわなくてもゲーム中は仕切るんで
もし、U-20のキャプテンを任せてもらうことになったら? と聞かれて。

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